『岩井屋前』バス停が出来ました。
以前は『保育園前』でした。
ここの歴史をたどるとかつてあった御牧原文教場(分校)が廃校となっていました。
その後、地主であった宮下夫妻が地域の為であればと土地を行政へ無償譲渡されたそうです。
https://www.iwaiya.org/mimakihara/
それが御牧原保育園となりましたが、それまでが廃園となってしまいました。しかし、ここはすでに御牧原地区の象徴的な場所になっており、惜しむ声も多かったのです。
『再び子どもの声が聞きたい』と住民運動が起こり、岩井屋に声が掛かりました。その当時私、岩井孝司は脳出血になり鹿教湯病院に入院しており、主治医に御牧原保育園のことを相談しました。
【参考】K病院K先生のつぶやき
Dr.Kは『水戸黄門になれば何だって出来る』とおっしゃり、左麻痺になった俺は妙に納得してしまいました。助さん・格さんである素晴らしい岩井屋職員に任せれば出来ることがわかり、東御市へ『保育園跡を継続する旨』を伝えました。入札が終わるまでドキドキした記憶が残っています。
そんな経過を経ての現在の御牧原岩井屋であります。
最近まで望月から田中駅までの路線バスの停留所名は『保育園前』でした。それがつい最近『岩井屋前』に変わりました。ようやく地域の方々に岩井屋の存在を認めていただけた感じがしました。